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MC Photo Works

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かつて鉄だった人「やめ鉄」が、追憶と思索の日々を綴ります。
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雪雲明けて

2017/03/20 17:24
こんにちわ。
6回に渡ってお送りした「辞めた理由シリーズ」が終わり、
ほっとひと息と言ったところです。
ここ数年間、心に溜め込んだモヤモヤを
すっきり整理することができました。

これで思い残すことは無い、もうやめてしまっても・・・。(おいおい)
というのは冗談ですが、当ブログでやりたかった事は
もう6割がた出来たと言っても過言ではありません。

今後は季節に相応しい絵を貼りながら、
時空を超えた回想の旅を続けたいと思います。

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私が撮り鉄を辞めた6つの理由(6/6)

2017/03/12 16:31
こんにちわ。
昨日は震災記念日ということで、防災用品のチェックや
備蓄してある食料の入れ替えなどを行いました。
まとめ買いすると結構な金額になりますが・・。(汗)

入れ替えした商品を使い切るため、
今週のおかずは缶詰メニューが多くなりそうですね。
1日遅れですが、「6つの理由」シリーズ最後の投稿です。

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●私が撮り鉄を辞めた6つの理由


@ 「写真」を通して“本当に大切なもの”に気が付いたこと。
A 自らの創作意欲を食べ尽くしてしまったこと。
B フィルム式カメラのサービスが衰退傾向にあること。
C 「鉄道趣味」が世間に認知されすぎて“世俗化”してしまったこと。
D 活動費の捻出が難しくなったこと。
E 東日本大震災を受けて、心境の変化が起きたこと。


**********

E 東日本大震災を受けて、心境の変化が起きたこと。

6年前の大震災・・・あれは有史以来最大級の自然災害ですから、
私個人が云々ではなくて、日本社会全般に計り知れないショックをもたらしたことは、
誰もが認めるところではないかと思います。

あの出来事は、国家としての歴史的転換点になった訳ですから、
その構成員である私達は、震災と原発事故及びそれらの周縁で
起きたさまざまな事象について、生涯にわたって検証し咀嚼(そしゃく)し、
そこで得たビジョンを今後の素行に投影していかなければならないと考えています。
深く掘り下げてしまえば止めどなく書き連ねることができますが、
当ブログのテーマから逸脱してしまうので一つだけ取り上げましょう。

“つつがない日常”に本当の意味で幸せを感じることが出来るか?

正直に白状すると、「痛いところを突かれたな。」という想いがあります。
どういう事かというと、人間の基本的な性質として文明を“自発的”に
後退させることは難しいというあまり認めたくない事実があります。
誰しもそうですよね。テレビを購入したとき、インターネットを始めたとき、
ラインで友達と繋がったとき、最初のうちは「なんて便利なんだ!」と感嘆していても、
やがてはそれが当たり前になっていき、また次の刺激を探し始めるのです。
ありふれた日常に組み込まれた事柄について、
今よりももっと便利に出来ないか?今よりも快適な暮らしを得られるのではないか?
たいていはそう考えます。
無くなったらどうしよう?とか、あるいは無くしてもいいのではないか?
と考える人はあまり居ないですよね。
もちろん人類はそうやって飽くなき欲求を糧にして文明を進化させてきたわけですから、
それ自体を否定する気はないのですが。

私も震災以前は、多少の疑念を抱きつつも
「飽くなき進化」を肯定してきたのだと回想しています。
蛇口をひねればいつでも飲料水が得られ、
コンビニに行けば弁当も日用品も何でも手に入り、
ファミレスに行けばいつでも温かい食事にありつく事が出来ます。
でも、それは当たり前。
そこに「幸せ」を感じることはありませんでした。
いやむしろ、退屈な日常に支配され閉じ込められることは「敗北」であるとさえ思っていました。
よりパフォーマンスの高いスポーツカーを求め、
より音質の優れたステレオを求め、
よりハイスペックの一眼レフカメラを求め、
より美しい風景を求めて、
そして黄金色に輝く夕陽を浴びながら、走っていたい、
輝いていたい、ときめいていたい、いつまでもいつまでも――――――。
私は、独り身でいる寂しさに駆り立てられるようにして、
そのような虚栄心を増幅させていったのでした。

そして震災が起きました。
被災県某所に勤務していた私は、何とか自宅に戻り、
灯りの点かない部屋で避難生活をしていました。
地震で住居が壊れたわけではなく、津波に襲われたわけでもありません。
津波の被害を受けた街に比べれば、「たったの2〜3日間」
ライフライン(電気・ガス・水道)が止まっただけなのに、
寒さと飢えに音を上げてしまい、車を県外へと走らせ、
被災を免れた友人宅に身を寄せたのです。

ああ、人類の営みとはいかに小さく、儚く、脆いものなのか。
明るく暖かい部屋で、水を飲み食事を摂る。
そんな「当たり前」だったはずのことがままならない状況――――――。
旅から旅へと渡り歩くようなアマチュア写真家としての人生が、
そんな慎ましい暮らしを土台としていたことにすら気付かずに、
大上段に構えて夢を語っていた自分の無能さと愚かさに愕然としました。
複雑かつ脆弱に構築されてきた「砂上の楼閣」は、
世紀の大災害によって揺さぶられ、大きな音を立てながら瓦解してしまいました。

友人のもとを訪れた際、ホームグラウンドにしていた撮影地にも立ち寄ったのですが、
足繁く通ったはずの「いつもの風景」が、まったく違うものに感じられていることに気が付きました。
とは言っても、別に嫌いになってしまったわけではないと思います。
語彙に乏しい私では上手い表現が見つかりませんが、
言うなれば「心に響かなくなった」訳です。
それはきっと、私の心の中で今までとはまったく異なる「座標軸」が
生まれたからではないかと思っています。
長年歩んできた「アマチュア写真家」としてのキャリアを終わらせ、
「幸せ」の本当の意味を考える思想活動としての“旅”に出ようと決心したのはこの瞬間でした。

なるべく少ない持ち物で生きていきたい。

震災を経験して程なく、私は写真撮影に関わる全ての機材を手放しました。
ガソリン浪費をやめようと、車を売却しました。
大きなステレオシステムも処分しました。
写真同様、「響かなく」なった音楽CDもすべて古本屋さんに。
何の迷いもありませんでした。自身がびっくりするほどに。

すっかり静まり返った部屋で、陽だまりの温もりを感じながら、
コーヒーを片手に作品にまつわる思い出を振り返る。
「これで十分だよな。」
そこにあるのは喪失感ではなく、清々しい気持ち、
呪縛から解き放たれたような虚心坦懐の境地です。
まだまだ不確かではありますが、「幸せ」の本質的な意味を知るため、
生活をシンプルにすることにまい進しています。
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私が撮り鉄を辞めた6つの理由(5/6)

2017/02/25 19:18
おばんです。
「光の春」という言葉をご存知でしょうか。
これは気温はまだ冬同様に低いけれど、
日差しに少しずつ力強さが見られる天気のことで、
ちょうど今の時期の気候を表す言い回しです。

特に北国の景色には顕著に感じられ、詩情を誘います。
まさしく「言い得て妙」の光景ですね。

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●私が撮り鉄を辞めた6つの理由


@ 「写真」を通して“本当に大切なもの”に気が付いたこと。
A 自らの創作意欲を食べ尽くしてしまったこと。
B フィルム式カメラのサービスが衰退傾向にあること。
C 「鉄道趣味」が世間に認知されすぎて“世俗化”してしまったこと。
D 活動費の捻出が難しくなったこと。
E 東日本大震災を受けて、心境の変化が起きたこと。


**********

これから述べる二つの理由は、
前項@からCまでの理由を潜在的な背景として、
辞めるきっかけ、すなわち「引き金」になった出来事です。

D 活動費の捻出が難しくなったこと。

鉄活動の休止を考えていた頃とほぼ時を同じくして、
私は二度にわたる失業を経験し、それに伴う転居を余儀なくされました。
現在はとりあえず落ち着きましたが、収入は以前と比べて大幅に減りましたし、
通い慣れた撮影場所から遠く離れてしまい、
アプローチすることもかなり難しくなってしまいました。

私は最初のスレッドで「ある線区に特化したサイトを運営していた。」と書いたとおり、
特定の場所に通いつめて深く掘り下げていく撮影スタイルを身上としていたのです。
一方は収入減による経済的障壁、また他方は撮影地から遠く離れたことによる物理的障壁、
これら二つの障壁を前にして、今まで確立してきた撮影スタイルを
維持することは事実上不可能になりました。

我が人生でおそらく最大の、大きな挫折を味わったことは間違いありませんが、
このように文章として吟味してみると、あることに気が付きました。
つまり、これらの障壁は、鉄を辞めるに至ったことに多少なりとも寄与したことは認められますが、
「必要条件」ではあっても、「十分条件」にはなり得ないのです。
何故なら、潤沢な軍資金があったとしても、撮影地に至便な環境に置かれていたとしても、
当時の私はすでに「詰んでいる」状態にあり、鉄道写真を撮る衝動を失っていたからです。

私自身のマインドのベクトルが変化し(理由@)、
土壌中の水分や養分が枯渇した(理由A)時点で、
鉄を辞めることは決定的だったのであり、
経済的あるいは物理的な要因はあくまでも“きっかけ”であり、
副次的な要素として捉えることが出来るのです。

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箸休め

2017/02/19 14:59
こんにちわ。
春一番が吹きましたね。そしてまた寒波です。
寒暖の差と花粉症で、この時期は体調管理に難儀します。
と言いつつ、今日はただの二日酔いなのですが。(苦笑)

「6つ目の理由」を3.11に合わせるため、今日は箸休めです。
もう6年も経つのですね。。。

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私が撮り鉄を辞めた6つの理由(4/6)

2017/02/12 11:19
こんにちわ。
関東では鬼晴れ、そして日本海側はドカ雪のようですね。
昔だったら、こんな日は居ても立ってもいられず
撮影のことばかりが頭の中を占拠していたものですが・・・。
やめ鉄になって早6年。
リハビリの成果なのか、最近は「放浪癖」も完治したようです。
ただの老化現象という噂も・・・。(苦笑)

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●私が撮り鉄を辞めた6つの理由


@ 「写真」を通して“本当に大切なもの”に気が付いたこと。
A 自らの創作意欲を食べ尽くしてしまったこと。
B フィルム式カメラのサービスが衰退傾向にあること。
C 「鉄道趣味」が世間に認知されすぎて“世俗化”してしまったこと。
D 活動費の捻出が難しくなったこと。
E 東日本大震災を受けて、心境の変化が起きたこと。


**********

C 「鉄道趣味」が世間に認知されすぎて“世俗化”してしまったこと。

前項とも重なりますが、「10年ひと昔」という表現も世間では耳目に触れる機会が多いですね。
社会環境の変化に伴う価値観の転換というものは、
時として「黒」を「白」に反転させてしまうものです。

今どきの若い方々はご存知ないと思いますが、
私が鉄道写真の世界に出会った頃の日本社会(1980年代中盤から終盤にかけて)は、
これからバブル経済の絶頂期を迎えようとしていた時期でした。
当時の若者たちは夜ごと繁華街に繰り出しては豪放に飲み騒いでいましたし、
人々は主に欧米からもたらされた(当時の評価としては)洗練された
都会的なファッションやグルメ、ライフスタイルに酔いしれ憧れ、
日本古来の牧歌的な文化や風習は「ダサい」と言って卑下し敬遠していた時代です。

このような“社会的背景”がありましたから、私達「鉄道マニア」と呼ばれる人種は、
ネガティブ表現100%の「ネクラ」「オタク」の代名詞として奇異の視線を浴びせられ、
社会のメインストリームからドロップアウトした存在として蔑みの態度をもって
あしらわれていたのも当然だと言わざるを得ません。

あれから20年・・・時代は変わりました。
転機は2005年頃ではなかったかと記憶しています。
テレビドラマで「電車男」がヒットし、アキバ系に代表される「オタク」文化が
世界的に認知され始めてからというもの、
他人の評価を気にせず何かに熱中すること、
「オタク」になることはクール(かっこいい)だとする価値観の転換が起きたのです。
それらの現象を伏線として、また「タモリ倶楽部」など鉄道趣味の世界を好意的に
とらえる番組も後押ししたのかもしれませんが、
鉄道趣味が一般社会にノーマライズされ受け入れられることになったのです。

鉄道趣味が市民権を得たことは、一見すると喜ばしいことのように思われます。
しかし、私の心境は複雑でした。
例えが適切かどうか分かりませんが、売れない時代から応援していたアイドル歌手が、
ヒットを飛ばしてスターになり、手の届かない存在に
なってしまった時に味わう一抹の寂しさ、みたいな。
間違っても、「やあ、よく魅力に気付いてくれたね、一緒に楽しもう。」などとは思いません。
「もう少し、そっとしておいて欲しかった。」
いや、むしろ「ああ、独り占めしたかったのに、気付かれてしまったか。」
というのが正直なところかもしれません。

マイナー時代を振り返ってみると、周囲からの奇異の視線を感じながらも、
「お前たちに分かってたまるか!」という優越感と
反骨精神が綯い交ぜになった妙な(?)メンタリティが、
趣味に向かうモチベーションを高めてくれた面は少なからずあります。
基本的に人と同じことをしたり、群れたりすることを忌み嫌う人なので、
今のこの状況は、アーティスティックな創作意欲とは相反するものであるし、
心地よいとは思わないですね。
ある程度の希少性が維持されないと、「誰がやっても同じ」になってしまいます。
それに、勝ち馬に乗って悦に入るような真似をしたら、
今までの自らの活動を冒涜することにもなりますし・・・。

とにかくそんな訳で、「ママ鉄」に「子鉄」に「鉄道アイドル」、
挙げ句の果てにはビジネスありきの「エセ鉄っちゃん」まで、
鉄道趣味はゆるく膨張しすぎてしまい、世俗化して混沌とした状況になっています。
そこには、かつて数々の鉄道写真家によって
“芸術”にまで高められた高尚な思想など見る影もなく、
私の情熱はすっかり醒めてしまいました。

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私が撮り鉄を辞めた6つの理由(3/6)

2017/02/05 14:42
こんにちわ。
久しぶりの雨で、しっとりと春の匂いがしますね。
しかし、明日からまたカラカラ天気が続きます。
皆様もご自愛ください。

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●私が撮り鉄を辞めた6つの理由


@ 「写真」を通して“本当に大切なもの”に気が付いたこと。
A 自らの創作意欲を食べ尽くしてしまったこと。
B フィルム式カメラのサービスが衰退傾向にあること。
C 「鉄道趣味」が世間に認知されすぎて“世俗化”してしまったこと。
D 活動費の捻出が難しくなったこと。
E 東日本大震災を受けて、心境の変化が起きたこと。


**********

B フィルム式カメラのサービスが衰退傾向にあること。

前回までに述べた二つの理由が「自己」に向き合う内容であるのに対して、
これから述べる二つは社会的背景、すなわち周りを取り巻く「環境」についてです。

世の中の流れを10年単位で見ることは、
複雑な現代社会をクリアな視点で捉える手法として有効ではないかと思います。
「失われた10年」なんて言い方をよくしますよね。
2000年代の十年間は、デジタルカメラが飛躍的に普及した一方で、
従来からの銀塩(フィルム)式カメラが駆逐されて、
現像や印刷などフィルムに関連したシステムも含めて
市場規模が急速に縮小された期間と言うことが出来ます。
2010年代も終盤に差し掛かった今日では、「衰退」というよりも
「終焉」という言葉のほうが近い表現かもしれません。

私が行きつけのカメラ量販店では、写真フィルムの商品ケースが
とうとうタタミ一畳分くらいになってしまいました。
1990年代の終盤、デジタルカメラが普及する以前は、
写真フィルムの技術革新が頂点に達し、それこそ「百花繚乱」とも言える品揃えでしたが、
今では合理化の名の下にブランドの統廃合が進んでしまったようで、実に淋しい限りです。

あるブランドの写真フィルムには、その銘柄にしか出せない「色味」があるものです。
ちょうど「画家」が扱うモデルに合わせて絵の具を調整するように、
状況に応じてフィルムを使い分ける手法はとてもクリエイティブで、
デジタルカメラには無い(それに似た機能があることは知っていますが)魅力があります。
「アマチュア写真家」であった私も色彩表現には独自のこだわりを持っていたので、
絵の具(フィルム)を「選ぶ」という行動は、創作活動の根幹を成す重要なファクターとなっていました。
自分にとっての写真を撮ることの「楽しさ」がそこにあったこと、
それもかなり大きなウェイトを占めていたことは間違いないですね。

社会の豊かさとは、「選択肢の多さ」に依るところが大きいのではないかと思うのです。
さまざまな選択肢が用意されていることで、各自に適した絵の具で
人生という名のキャンバスを豊かに彩ることが出来るでしょう。
写真フィルムのラインナップが衰退を極めてしまった現状は、
「画家」が使う絵の具の種類を限定されていることに等しく、
創作の幅を狭められることにつながるので死活問題といえます。
選択肢の幅が狭くなり、“生き方”を限定されている現在の状況は、
写真を志すものにとって希望ある豊かな世界とは言い難いですし、
フィルムカメラに愛着を持つ私のような者には息苦しいものに感じられ、
すっかりモチベーションを保つことが出来なくなってしまいました。

余談ですが、私が疑問に思うのは、
どうして100年近く培ってきたであろう「銀塩カメラシステム」というテクノロジーの集積を、
一時の企業収益のためにかなぐり捨ててしまうのか?ということです。
そして、そのことに異論を唱えようとする人も、
私が把握している限りでは居ませんでした。実に不可思議です。
確かに、デジタルカメラの技術も日々進歩していて、
フィルムと比べても遜色ないほどに品質が向上していることも知っています。
しかし私が納得いかないのは、写りの良し悪しではないのです。
やり直しのきかない状況で、限られたフィルム枚数のなかで、
すぐには判明しない結果を得るべく、渾身の想いでシャッターを切る。

そこに崇高な精神性を感じるのは私だけではないはずです。
写真フィルムが醸成した“栄華”は、後世に語り継ぐべき「遺産」だと思うのですが・・・。


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私が撮り鉄を辞めた6つの理由(2/6)

2017/01/29 15:09
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こんにちわ。
今日は暖かいです。徐々に日も長くなって、もう春の兆しが感じられますね。
こんな感じでその季節に相応しい絵を貼っていくつもりです。

●私が撮り鉄を辞めた6つの理由

@ 「写真」を通して“本当に大切なもの”に気が付いたこと。
A 自らの創作意欲を食べ尽くしてしまったこと。
B フィルム式カメラのサービスが衰退傾向にあること。
C 「鉄道趣味」が世間に認知されすぎて“世俗化”してしまったこと。
D 活動費の捻出が難しくなったこと。
E 東日本大震災を受けて、心境の変化が起きたこと。

**********

A自らの創作意欲を食べ尽くしてしまったこと。

農業用語で「連作障害」という言葉があります。
同じ耕地に同じ作物を作り続けていると、
土の中にある特定の栄養素が過度に消費されてしまい、
土壌が疲弊して作物が育ちにくくなったり
病害虫が繁殖したりすることです。

私の撮り鉄としてのキャリア終盤がまさしくこれに当たります。
詳しいことは今後お話しすると思いますが、
活動の最終5年間(2005〜2009年)は、明らかなオーバーペースでした。

大げさな言い方かもしれませんけど、
シャッターを押すという行為には「魂を削る」ような負荷がかかると私は考えています。
何故なら、写真を撮るということは、自らの「精神(マインド)」という土壌から、
「衝動(インスピレーション)」という栄養素を吸い上げて、「写真」という作物として具現化
することに他ならないからです。

無尽蔵にインスピレーションを生み出すことができる人などいるのでしょうか?
自然の摂理に従えば、放出できる「栄養素」には限りがあるだろうし、
補給するにしても許容量(キャパシティ)があると考えるのが妥当ではないかと思います。

何かのテレビ番組で、ジブリ映画の巨匠宮崎駿氏が述べた言葉が印象に残っています。
私の記憶が確かならば、
「表現者として最も創造的で居られるのは、せいぜい10年が限度だろう。」
という主旨の発言でした。
数々の偉業を成し遂げてきた人でさえ、クリエイトし続けることは
並大抵ではないのだな、と私は納得させられました。
おこがましいのは百も承知で推察すると、
表向きには作品を世に送り続けていても、いかなる賞賛を浴びたとしても、
おそらく彼にとっては過去の作品の再生産だったのではないでしょうか。
“最も創造的な10年”を除いては。


凡人である私が、これに当てはまらないはずがありません。
一個人が生涯をかけて表現できる事象には限りがあり、
私はそれを使い果たしたのです。

ですから、私がいますべきことは撮影を続けることではなく、
まるで牛が食物を反芻(はんすう)するかのように、
自分の活動をゆっくりと振り返って味わうことだと思った次第です。
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私が撮り鉄を辞めた6つの理由(1/6)

2017/01/22 16:18
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こんにちわ。
前回の予告からだいぶ間隔が空いてしまいました。
作家気取りで文章を作り込んでいたら、ちょっと時間がかかりまして・・・。
さっそく幽霊ブログの様相ですね。(笑)
記事が長いので6分割にして、今日はその1回目です。


●私が撮り鉄を辞めた6つの理由

私は小学4年生のときに「鉄道写真」の世界を知り、
以来趣味として25年ほど活動をしてきました。
(出会いやきっかけについては、また別途に書くと思いますが・・・。)
私に先天的な才能があったかどうかは定かではありませんが、
その間に培ってきた撮影スキルや写真に関わる
センスには一定の自信を持っています。
今までの実績や経験を生かして活動を続けていけば、
それなりに良い作品を生み出すこともできたはずです。
それなのに、なぜ鉄道写真をやめてしまったのでしょうか?

自分の人生を今一度振り返ってみて、思いを巡らせてみると、
以下のような見解にたどり着くことができました。
(これも今後変わっていくかもしれませんが・・・。)


@ 「写真」を通して“本当に大切なもの”に気が付いたこと。
A 自らの創作意欲を食べ尽くしてしまったこと。
B フィルム式カメラのサービスが衰退傾向にあること。
C 「鉄道趣味」が世間に認知されすぎて“世俗化”してしまったこと。
D 活動費の捻出が難しくなったこと。
E 東日本大震災を受けて、心境の変化が起きたこと。


**********


@ 「写真」を通して“本当に大切なもの”に気が付いたこと。

これがやはり理由としては一番大きいですね。
若い頃は撮影そのものが“目的”でした。
しかし歳を重ねるにしたがい、撮影は“手段”であって、
目指すべきところは別に存在することに気が付きました。

人は誰しも、幼く若い日々の中では、
自分の利益を最優先にしているのだと思います。
学業やスポーツ、恋愛、仕事において、
少しでも成功を収めたい、他者の評価を得たい、
社会的地位を高めたい、報酬を手に入れたい――――。
それが私にとっては写真であったわけです。
しかし、ある程度のストックが出来ると価値観が転換され、
自分よりも配偶者、家族、住んでいる街そしてこの国に対する
配慮や愛情が自己欲求を上回るのだと考えます。
ひと言で表すとしたら、「共同体意識」とでも言いましょうか。

世の中を少しでも良くするために、
「貰う側」から「与える側」になるために、
自分は何をすればいいのか?

訪れる地域への愛着が増すほどに、
それを考えるようになりました。
多くの撮り鉄が集まる撮影地では率先してゴミを拾う。
迷惑駐車はしない。地域のお店を利用する。
住民の皆さんとのふれあいを大切にする――――。


私は「鉄道写真」を通して、自分と社会との関わり方を教わったのだと思います。
結果論として、「目的」は共同体帰属意識への覚醒であり、
鉄道写真が「手段」だったわけです。
ですから、その「目的」が達成された現在、
このまま撮影を続けるかどうかは余り重要ではないのです。
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4700枚

2017/01/04 17:56
こんばんは。
正月休みということで、まとまった時間が取れたので、
おせちや雑煮には目も暮れず、画像の整理をしておりました。
もちろん、当ブログに使うための準備ですよ。

まあ、出るわ出るわ・・・ものすごいデータ量です。
ファイル数が4700オーバーだそうです。(汗)
実は撮り鉄を辞めるにあたって、フィルムスキャンはすべて済んでいたので、
今回は年度別・カテゴリー別に仕分けして、
サムネイル形式のPDFで吐き出す作業だけだったのに
随分時間がかかってしまいました。

4700枚と言っても、中には単なる記録として撮ったデジカメ画像もあれば、
同じ構図で段階露光したものも一杯あるので、
ブログネタとして「4700種類ある!」という話ではないのですが・・・。

とりあえず現存する最も古いデータを貼っておきます。
次回は、わたくしMCが「やめ鉄」になった理由を語ろうと思います。


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はじめまして

2017/01/01 10:25
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はじめまして。
以前、鉄道写真を撮ること(撮り鉄)を趣味としていたMCといいます。
撮り鉄を6年ほど前に辞めて、今は一般人(?)として平穏な毎日を送っています。
ここではそんな「かつて鉄だった人(=やめ鉄)」が、
追憶と思索の日々を綴ります。

さっきgoogleで「やめ鉄」を検索しましたが、何も出てきませんでした。
「乗り鉄」・「撮り鉄」・「葬式鉄」・・・色々ありますが、
どうやらこのジャンルはまだ未開拓のようですね。

元々、ある線区に特化したウェブサイトなんかも作っていたんで、
「物書き」は好きなんだろうと思います。
そんな人が約5年間も沈黙していたんで、
クリエイトすること、発信することに相当飢えています。
何かこう、言いたいことが溢れてくる感じですけど・・・
まあ焦らず行きましょう。

まずは今日はご挨拶まで。
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