”あの日“のカーラジオ

あれから10年ですね。
長かったのか、はたまた短かったのか、
取り留めもなく歳月が流れていきました。
そして色々なことがありました。
まさか10年後にこんな状況になっているとは・・・。

震災当時、私は一つ目の会社を辞めて
東北地方のとある企業でトラック運転手として
働き始めたところでした。
実は、あの日割り当てられたトラックが
ラジオの壊れたオンボロ車だったのが運の尽き。
地震が起きたことを全く知らないまま高速道路を走っていました。
先月の震度6とは比にならないくらい揺れた「はず」なのですが。
インターを降りると街中にパトカーが出て、
信号の消えた交差点で交通整理にあたっていました。
「ん?何かあったのか?」
配送センターに到着してようやく事態の深刻さを
理解することが出来ました。

程なく高速道路が通行止めになったため、
小雪の舞う夕闇の中を、渋滞に巻き込まれながら
何とか会社に戻りました。
車庫にトラックを置いて、マイカーのラジオにありつけたのは、
もう夜の9時になろうとしていた頃だったと記憶しています。
被災した各地の惨状が洪水のように押し寄せるなか、
どうしても忘れられないシーンが頭を過(よ)ぎります。

NHKのアナウンサーが名取市閖上(ゆりあげ)地区の
津波被害を伝えるニュースの途中で、
あまりの悲惨さに絶句して泣き崩れてしまったのです。
テレビでも何度か見かけたことのある
ベテランの男性アナウンサーでした。
「本当に慎ましく生きている良い人達で・・・」
「何も悪いことをしていないのに、どうして・・・」
放送は中断されることもなく、ありのままに進行していきました。

地震発生の瞬間を体験しなかった自分としては、
どこか「置いてけぼり」にされたような、
歴史的な出来事に立ち会えなかった心残りがあります。
ユーチューブなどを見れば、様々な映像が見られますけど
なんか違うというか、自分事として考えられない感じがしています。

そんななかで、普段感情を乱すことの無いであろう
初老のアナウンサーが嗚咽(おえつ)を流した場面だけが、
唯一の「血の通った」生々しい記憶として
今でも私の胸に鮮明にインプットされています。


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三陸で撮った写真は、数えるほどしか無くて・・・。
たしか大槌の風変わりな橋梁の写真があったはずですが、
スキャンしないまま原版を廃棄した可能性が高いなぁ。
もったいないことをしましたね。(涙)
とりあえず、駅撮りのものを1枚。

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